百三七 役員車 (御園生探偵)
突然、おかしなテンションになった軽井澤さんから指示され、丸の内のビルの真ん中を通り抜けて、尾行というものを巻くような動き方をしたあと、僕は朝、路肩に駐車したままの社用車に戻った。すぐにでもレッカーされてもおかしくないと思っていたが、意外なことに大丈夫だった。
午前の陽を浴びて温められた席に座ると寝不足から睡魔が来たが、うつろうつろとしながらもスマホとパソコンを中心に残務を片付け、そのあとは再びX重工ビルを周りを走らせて幾つかのことを調べた。と言っても、役員の車が出てきそうな社用口に目処をつける程度だが。
睡魔が襲ってきたので、社用口の手前の路肩に車(キャロル)を停めて、江戸島会長の車が出るのを一応待った。眠ったり、目を覚ましたりしながら、万が一見逃したならそれはそれと思っていた。
軽井澤さんは、江戸島に会った後、何か直感めいたようだった。特に葉書を並べた時、江戸島会長の視線が不自然に動いた、というのを強調していた。皇居のお濠端で、手帳を破ってまで説明をしていた。
だが、残念だけども僕は同じ気持ちにならなかった。
正直、東証一部の代表が、あんな風間や守谷みたいな奴らと関係してるとも思えなかった。それは、江戸島会長本人に会って感じた素直(そっちょく)な感想である。経済界を上り詰めてきた立派な感じが不自然なく横溢し、そもそも住む世界が違う。街ですれ違う可能性すらないとも思えた。どう考えても彼と、風間や守谷のような人間が同じ場所で会話や食事をする想像がつかなかった。
こんな事は時間の無駄じゃないかと、軽井澤さんに言おうか、迷っている。よくよく考えれば、守谷の問題も、われわれは、殺人事件を目撃したわけではない。襲撃の闇集団もそこまでの、追跡をするだろうか?あの場ではあまりの恐怖に、そう思ったが、果たしてどうだろうか。守谷が死んだのならまだしも、大怪我をしたとはいえ警察にもいかないでいるのだ。
僕は眠ったり、起きたりを繰り返しながらそんなことを脳裏に集めて時間を過ごしていた。おそらく、夕方が始まっていた。午後の日差しが少しずつ弱まるのを睡魔の中のまぶたの向こうでうっすらと感じはじめていた。
ちょうど、そんな時だった。
江戸島役員車が、社用口から出てきたのである。
窓に目隠しがなかったので、僕はなでつけた灰色髪の江戸島会長を見逃さなかった。十秒でも時間がずれれば見逃していただろう。
車は銀座へまっすぐ向かい、ありがちな接待向けの寿司店の前で止まった。恰幅のいい江戸島会長は優雅に寿司屋の暖簾をくぐった。
寿司屋で二時間は出ないだろうから、僕は出入り口の見える路肩に駐車したまま、パソコンを取り出して、風間らのせいで放置されがちな多くの作業を再び見直した。軽井澤さんからは連絡はなかった。朝の四時からレイナさんのメールで起こされたまま上場企業の会長室にまで訪れ、そのままその人物を尾行までしている。不思議な一日だった。
ふと僕は、情報をもらったレイナさんにお礼もしていないのを思い出した。