百三二 手順 (軽井澤新太)
御園生くんと別れた後、わたくしは地下鉄に乗りました。
追跡の恐怖は払拭しずらいものです。そこでわたくしは、地下鉄を使いました。列車の閉まる扉にぎりぎりと乗り込めば、追跡は難しくなるからです。
大手町で、我々を何者かが尾行していた気がします。おそらく女性だったとおもいます。葉書を用意したり、猫を用意したり、片腕を切断させるような組織、そういう組織がわたくしと御園生くんを何かの目的で追跡を開始した可能性は率直に嫌なものです。
地下鉄の扉が、尾行者があるならば、恐らくは遮断した形で閉まりました。千代田線が無事に走りだすと少しだけ落ち着きました。席に座るとわたくしは目の前の現実に思考を向き直させました。
この二日間でいくつかのことがありました。電話の途中で途切れた風間のこと、レイナさんの伝言を届けた佐島氏のこと、江戸島という唐突だけれども明らかに違和感のある経団連の人物のことを回想しつつ、わたくしはやはり一つの方向に自分という人間の存在が収斂していくのがわかります。
そこには絶対的な「条件」が存在し、その存在にこそわたくしは精神が持っていかれるのです。
それはなにかーー。
復讐者という人格です。
暗闇の中にはっきりと設定された復讐を願う存在がわたくしを捕まえるのです
手書きの葉書が腑に落ちます。
あの文字列には昨日今日の恨みのような気分がありません。明らかに長い年月を経ても消えない、人間の命懸けの迫力があるからです。
言い換えれば「復讐人格」が存在する。
あえていえば、復讐は、まだ序章であり、これから更に厳しくなると想像します。そのことを熟知してるから、守谷は片腕を失った後も逃げ回っている。風間も家を出て電話を消し逃げている。
そうして、わたくしは風間の最初の依頼に立ち返ります。
一体、こんなことをするのは誰なのか?
あのような手書きの文字で何枚も彼らの場所に送付するのにはどんな経緯があるのか?
なぜ、こんなことをするのだろうか?
自然に考えればこうなります。
「風間と守谷が人を殺し、その復讐に駆られる人間が葉書を設計し、いままさに復讐を行っている」
そうです。
つまり、最も可能性のある起案者は、被害者の遺族になる。
つまり、遺族が復讐人格であり、全てを起案し葉書を書き、組織を動かしている。
それが、普通の考えです。
そして、もしそれが真実であれば、この復讐は極限まで終わらないはずです。
その極限とは、なにか。
それは風間や守谷が死体になるということだと思うのです。
風間や守谷に起きている現象や葉書を見て、誰しもが思うであろう結論はそれだと思います。
いや、わたくしが想定する物語の最後はその場面なのです。
風間や守谷が死体になるということなのです。
ただ、ここに重要な(おそらく一般的には奇妙でありましょう)観点があります。
実はもし単純に復讐が発生するだけであれば、わたくしはこのような青い顔は致しません。
被害者が命をかけて、殺された我が子の復讐をする。例えば娘の親御さんが何年越しかに、殺人犯への復讐を計画する。それは因果応報の当然とも言えます。正直そのことを第三者が止める権利などどこにあるのでしょうか?自分の娘を殺され絶望の中を生きてきた人間が、もはや自分の命も不要として、人生の長い試行錯誤の中で決断した復讐なのです。もはやそれによって極刑があろうとも覚悟の上なのではないでしょうか。
繰り返しですが、もしそういう判断の結果ならば、わたくしは青い顔はしないのです。むしろ、誰かの復讐などにあれこれと顔をだす必要などないのですから。
問題は、別の場合があるということです。
つまり、そうではない場合です。
そうではない場合ーー。
わたくしが佐島氏に待ってくれと伝えたのはそれが理由です。
言葉が聞こえます。
悪夢の間に、断続的に言葉が、悪夢で見ているものとは脈絡なく聞こえるのです。
*
「軽井澤、きこえるか?」
「……。」
「おい、聞こえているか?」
「……。」
「いいか、おまえにご遺族をどうこう言える権利などない。」
「……。」
「おまえは、ご遺族がどういう悲惨な状況下にあるかを見ていない。」
「……。」
「ご遺族が望むなら復讐もありだ。」
「しかし。」
「復讐が」所望なら見守ればいい。そう思わないか?もう死ぬ覚悟で親父さんはやるんだ。誰も止められないだろう。」
「でも。」
「復讐は、それでいいんだ。子供を殺されたこともない人間に何がわかる?」
「しかし。」
「俺の言葉を覚えているか?」
「……。おそらくは。」
「遺族はそんなことしねえよ。」
「はい。」
「ご遺族ってには、自分が最も恨んでいる人殺しのように自分がなるのが、一番吐き気がするんだ。」
「はい。そうおもいます。」
「そうだろ。天国で会ってなんていうんだ。」
「はい。」
「人殺しになった親に、娘さんは会いたくないかもしれないぜ。」
「はい。」
「それはわかってるようだな。」
「……。」
「ただな、問題はそんなことじゃないんだよ、軽井澤。」
「問題?別のですか?」
「もっと大きな問題が、見えなくなっているんだ。」
「問題が見えなくなっている?」
「そうだよ。」
「そんなことはがあるのですか?」
「何言ってるんだ。お前がしているのはそういうことだよ。そういうことを狙ったじゃないか。」
「わたくしは遺族にはそんなつもりはないです。」
「いいや。おまえは最初に遺族を考えずに、別のことを考えた。」
「……。」
「おまえは、まず最初に視聴率のことを考えただろう。」