百二十五 隅田川 (銭谷警部補)
夜明け前、河川敷から自宅に戻ってもほとんど眠れなかった。
ウィスキーの興奮なのかわからない。
謹慎の身で、どうしても金町の駅から千代田線に乗る気にならず、休日に重宝する京成の方に乗り、下町から浅草に流れ着いた。行き場のない気分のまま、わたしはまた遊覧船に乗った。
桟橋を離れた遊覧船は少し秋風の強まった隅田川をくだった。厩橋、蔵前橋、両国橋と船が行く。二日酔いのアルコールが風とともに抜けていく。
もともと、刑事という仕事が好きだった。肌にあっていると信じてきた。四十歳を過ぎ、結婚や家族じみた幸福を素通りしてきたのだが、そこに寂しさなどはなかった。刑事の仕事そのものが、自分の全てと思えていた。
犯罪者を追う。犯罪を犯した悪人を追う。最終的にどんな手段を使ってでも、それを逮捕する。単純な仕事なのだ。単純だが、正義は人間を癒す。やりがいを与えてくれる。日本中の刑事が安月給の重労働に耐えうるのはこの正義の美しい癒しが存在するからだろう。正しい方角へと自分を定めて仕事に向かうというのは、身体にも良いのだ。大岡忠明も遠山金四郎も、きっと似たような実は単純な喜びで生きていたはずだ。
日の出桟橋で降りて、いつもの通り何もないままもう一度、今度は帰る便に乗り直す。
遊覧船は浅草へと戻りはじめる。
わたしは職業を変えたいなどとは思わないし、他のことができるとも思わない。こうやって、仕事を奪われた休日でさえ、未解決事件に思いを馳せ、ノートを眺めるくらいなのだ。家庭人が休日に子供の野球相手に張り切るように、わたしは休日も刑事だった。それは仕事を誇ると言うより、正義の依存症に犯された古い機械のようなものだ。時間を忘れて、捜査の不足部分のパズルを埋めるよろこびの他に、休日になんの趣味もない。それくらい自分にとって面白いのが刑事の仕事なのだ。
知らない番号が官製のほうの携帯電話を鳴らした。
「休日は遊覧船でしょうか?」
声の主は唐突にそう聞いてきた。わたしは自分のこの趣味を人に言ったことはない。
「先日はありがとうございました。じつは、定年間際に、事件も抱えておりまして。ほら、わたしももうこの年齢、この立場で、部下もいないときています。なかなか仕事も進まないのですよ。そこで、もしできれば、あなたのような優秀な人にご相談できないかと思いまして。」
「……。」
「少し話しませんか。浅草あたりで」
声と内容でわかった。松本楼でカレーを食べた老刑事又兵衛だった。金石と関係を持つA署の老刑事だ。なぜ彼が、わたしの番号を知っているのか。そうしてなぜ遊覧船に乗っていて、もうすぐ浅草に向かっているのを知っているのだろうか。偶然で処理される内容ではなかった。
「言っている意味がよくわからないが……。」
「浅草寺の、仲見世にいい場所があります」
なにかわたしを探って調べているのは確かだろう、その不気味さと一緒に、松本楼のカレーをおいしそうにしていた小動物のような瞳を思い出した。
「小生は、今日は浅草にいまして。もしご都合が合えば。」
「……。」
「非番の時に、浅草で船に乗ると聞いたもので思い切って電話して見たのですよ。」