百二十四 役員廊 (御園生探偵)
「まあ、ぜひいつでもいらしてください。」
そう言った江戸島の言葉には明らかに壁があった。こういう壁を大企業的な人間はあちこちに設置するのだろう。
僕は少し落胆気味の気分で、豪勢な会長室から待合を出てエレベーターフロアのほうに向かった。待合には、何人かの次のアポの出入りがあったり、陳情のような賑わいがあった。
「次の約束もたくさんあるんですね。朝一番は正解でしたね。」
軽井澤さんは、ぼんやりとそういった。
「あれ。」
僕はその待合に、どこかで見たような人間がいたのを思い出した。
「誰でしたっけ?」
「誰?知り合いですか?」
「誰だろう。」
「わたくしは全く知り合いもいませんでしたが。」
「多分、思い出しました。ネットバブルで名を馳せた、僕の世代ではまあまあ目立つ男ですよ。たしか、東大の。」
「残念ながら。存じ上げません。そうですよね、御園生くんの世代は結構若くして成功した人がいるでしょうね。」
僕はその男のことが気になっていたが、軽井澤さんはエレベーターを降りる間も、別のことを考えている様子で、余り興味を示さなかった。
(思い出した。たしかあれは太刀川、太刀川龍一だ。パラダイム社の創業者の。一時期かなりテレビで出ていたのに、まったく見なくなったな。)
僕はなんとか思い出したその名前を軽井澤さんに言い出しもしなかった。やはり、軽井澤さんは明らかに他のことを考えている様子だった。
我々は古めかしく巨大な赤煉瓦のビルを出た。