百二十三 受付追跡(赤髪女)
薬を体に入れた結果、昼夜がわからなくなっている。
いや正確には体内時計の電池が切れていて時間を忘れている。夜明けを過ぎて完全に朝になった。いや、朝が何回も、通り過ぎた気がする、と赤髪女は思った。
それでも眠くはない。
眺めるのが癖になっているGPS画面の中で、緑の輝点が、動き出した。緑色は墓地の探偵の車、マツダのキャロルだ。
赤髪女は、自分の頭が冴えるのが判った。実際にまたあのヘリウム指示者からの電話がくることを考えれば、なにか成果があった方がいい。次の入金を狙い続けなければ、また薬のお金に困る可能性がある。探偵事務所の車(キャロル)は南青山を地図の右上へと向かって抜け、赤坂を越え皇居の前を通っていくようだった。都会の真ん中で地図の水色がこんなにおおきいのは、皇居だ。皇居の濠端を走るくすんだ緑の車を想像した。もしかすると、あの美男子の探偵事務所員が運転しているのかもしれない。
気がつくと、赤髪女はシャワーを浴びて、準備を始めた。別に他の仕事があるわけでもない。バッグに服を複数、秋葉原でも霞ヶ関でも目立たない準備をして家を出た。夏の終わりの朝陽が真横から射して、背中が熱かった。小田急祖師ヶ谷大蔵駅までは徒歩八分程度である。
小田急線は千代田線に直結する。七時台で既にラッシュを迎えていた。車中、赤髪女はすることがないので、GPSを見ていた。マツダのキャロルは、皇居の濠端に停まって動かなくなった。日比谷通りという幹道沿いだった。
二十分も経たない時間の後、赤髪女は千代田線二重橋駅から地上に出て、くすんだ緑の小さなマツダのキャロルを見つけた。皇居のお堀を背景に、水彩画のように停まっていた。
朝の二重橋は当然ビジネスマンが多く、赤髪女はスーツを用意しておいてよかったと思った。大急ぎで女子トイレで着替えて地上に出たところで、ちょうど、あの美形の青年が車から降りて、年上の人間と日比谷通りを渡るところだった。
赤髪女が遠目に尾行をしようとして距離感を測りかねているうちに、二人の探偵は、日比谷通りの御堀の反対側にある巨大なビルの中に吸い込まれた。赤髪女は焦って走った。ふたりが入ったのは赤いレンガの目立つビルで、X重工株式会社と記載があった。受付には複数の女性が並んで登録対応をしている。一番左の窓口で、探偵の二人が受付をしているのが見える。背後で見つめながら、大勢の出入りするその巨大なビルの一階フロアで赤髪女は人を待つフリをした。帽子が役に立っている。二人が受付を済ませ、エレベーターホールに吸い込まれていくのを確認してから、急ぎ同じ受付の女性に小走りで向かった。いちか、ばちか、だと思った。
「いまの軽井澤事務所、のものですが」
「あ、はい?」
軽井沢、と言われて反応したのがわかった。しめたーー。まさか探偵事務所とは名乗っていなくても、普通、アポを偽名にまではしていないはずだ。どこか出入り業者の風情をさせたのだろう。
「上司のアポに遅れてしまい、直接行きますが、何階ですか?部署がわからず」
受付嬢は、若い新人のようで、困った人間を助けたい様子で、説明をした。
「こまりましたね、どうしよう、会長室なので。」
「はい、会長でしたよね、確か名前が。」
「あ、江戸島になりますが、ええと。」
「そう、江戸島。大丈夫ですよ。社員の方に聞きながら上がって見ますから。その前に、化粧室に行きたくて。」
「あ、それでしたら、入ってすぐ右にございます。」
赤髪女は満足した。アポの相手まで調べることができたし、この赤煉瓦のビルに探偵二人が入っていく写真は既に撮れていた。これで、また当面の報酬は安定するだろう。
行き先を教えてしまった受付女性を残して、赤髪女はエレベーターホール近くの化粧室の方に吸い込まれていった。