百十四 河川敷(軽井澤新太)
佐島さんと別れたあと、わたくしは夜の闇の河川敷を歩きました。
かつて東京の東の果てのこの川沿いから、西の多摩川沿いのボクシングジムに通い先を替えた自分の理由をわたくしは思い出していました。過去、わたくしは逃げたのです。現実からも。当時の会社からも。無論なんとなくではなく、そこには理由があり、拒否があり、意思があり、はっきりと逃げたのです。
佐島さんと話しているうちにわたくしは少し整理が進んだかもしれません。佐島さんに言われた言葉からということではなく、多くの会話がそうであるように、言葉と言葉が重なる中で、全く違う場所の電気が通ったのです。おそらくその場所に電気を通すまいとしてきたのは、このわたくし自身の無意識の中の意思だったのでしょう。
わたくしは、歩いて北上をしながら、河川敷の上流を見つめました。
歩きながら自分が恐怖に駆られている理由が少しずつわかってきました。
何故ならその先には、かつての事件の現場があるからです。
わたくしは前職のとある時期にこの一帯に関わりました。いまから十年ほど前です。その事件から二十年の懲役を終えて、とある人物が社会復帰したのです。わたくしはその人物の取材を試みたのです。そのせいで、わたくしはこの一帯には詳しいのです。
なにか新しく事件があったわけではありません。わたくしは取材を試みただけです。しかしそこで事件とは全く別の経験をすることになりました。それは自分という人間に<最悪の結果>をもたらしました。何かの目に見える不幸ではありません。が、おそらく自分の人生で最も最悪で、後悔をしても何も取り戻せない種類の精神経歴が生じてしまいました。
誰しもあるのかもしれません。自分だけが知っていて自分だけが後悔をしていて、誰にも話すことのできない<罪状>というものが。世の中の法律にも裁かれず、自分さえ黙っていれば一切問題が起きない種類の<罪>です。その<罪>は裁かれません。人を裏切った最低で最悪な<罪>であるにも関わらず、警察にも捕まらない。それどころか気持ちの持ち方や設計によっては、全く存在も忘れて暮らすことさえできる、そういう種類の<罪>です。(前向きに生きます、という言葉でよく隠されると言ってもいいかもしれません。)