百十 新木場 (赤髪女)
ヘリウムの声の指示者に指定された場所は埋立地だった。
渋谷から東京湾の海の下を潜るりんかい線を直通し、新木場まできた。
指示者は妙に乗り物に詳しい、と思う。
駅の単位で細かい指示がある。
路線名と駅名、時には降りる階段まで細かく指示がある。
駅から南に出ると、駅前に商店街もなく、都会とは思えない静けさだった。なにより生活の気配がない。生活そのものがある祖師谷大蔵とは大違いだと赤髪女は思った。
夕暮れが始まっていた。空が広かった。
埋立地を沖合の方へ向かう幹線道路から、右折して百メートルほど歩いた。人の気配が何もない埋立地だった。住居はなく、工場と広大な車両置き場が広がるばかりだ。車両も、ミキサー車や工場関係の車ばかりで乗用車は稀だった。タクシーも走っていなかった。指示者から言われなければ永遠に赤髪女が訪れることのない場所だった。
その場所についた−−−。
細かい指示のとおりに、その一角に立つ電信柱を探して、金を入れた封筒をガムテープで貼り付けた。封筒に三万円だけ入れている。通行人は誰もいない。ここにきた人間が拾うのだろうか。指示者は「必ず夜になる前に帰れ」と言っていた。誰が拾うかなど興味もなかった。封筒が貼り付いたのを確認するとそのまま赤髪女はいま来た道に戻った。
(金を置いたら、その場所から電話番号の男に電話をしろ。)
(金をおいた場所を説明しろ。)
誰に電話するのか、は、説明はなかった。おそらく綾瀬の例の人間だろうけども、質問をすれば叱責されるだろうから赤髪女はその事は訊かずに言う通りの作業を行なった。
「はい、もしもし。」
男が電話に出た。
「オザキさま、ですか?」
赤髪女は、指示者にいわれたままの名前を確認した。
「そうですが。」
「今から申し上げる住所に、ご依頼のお届け物を置かせていただきました。必ず日没後に、お引き取りください。」
「……。」
「電信柱を探して、金を入れた封筒をガムテープで貼りつけてあります。住所は江東区の…。」
「なるほど、お届け物っていうのはなんだ。」
「お金です。」
「金か。」
「住所はメモできましたでしょうか。もう一度念のため、申し上げますか?」
「大丈夫だが、念のためもう一度聞こう。」