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星空出版 HOSHIZORA PRESS

ミステリー・連載

パラダイム

下代沢侯二
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第 112 章 百九 潮の香り (レイナ)

百九 潮の香り (レイナ)

 手のひらを見つめていた。
 この手のひらで、触れた人間は何人いるだろう。
 パソコンの指先で、さまざまに広がる体感とは全く別の、感覚。それは、レイナには忘れがたい、節子さんの言葉と重なる。
「みんな手のひらから先には、自分を出していけないんだよ。そこで血は折り返して、自分の心臓に戻ってくの。みんな人間は独り。そういう孤独があるのよ。」
 だからこそ逆に、手を握るっていうのは大切なんだ、と教えてくれたのは節子さんだった。手を握ると、あらためて人間がわかるのだという。
 レイナはトレーラーの後部座席で全裸でうつ伏せていた。
 耳元に当たっている衣装箱が硬かった。佐島である時間は終わったらしい。衣装は散らばったままだった。手のひらにだけ、軽井澤さんのあたたかい温度が残っている。レイナは軽井澤さんとの会話を思い返した。
 (待っていてほしいーー。)
 何か明確な理由があるようで、その理由を説明できない苦しみをともなうような言葉だった。レイナはその言葉を言った軽井澤さんの表情を思い出していた。
 その時、音がした。
 メールだった。
 ふと、前方に置いた、Macの画面が明るくなった。
 (御園生です。)
 同じく軽井澤探偵通信社の御園生くんからのメールだった。軽井澤さんと同じく、レイナにとっては大切なビジネスパーソンである。おそらく、葉書の件だろう。
 潮の香りが車内(トレーラー)を通り抜けるのを感じた。軽井澤さんと会った河川敷はもうすこし草の香りが強かったが、いまレイナが車を停めている場所は河川敷からずっと海へと向かったところで、東京湾が見える場所だった。湾岸工業地帯にありがちな幾つものクレーンが、動物園のきりんの群れのように首を並べてるのが見えた。赤と白のしましまのきりんのようなクレーンの群れが夜の照明に光っていた。
 御園生君からのメールには、少し相談が書いてあった。

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