百二 仕事 (レイナ)
レイナは少し気になっている。
実は軽井澤さんは何かに関わっていている気がするのだ。
機械の計算で出た昭和六十四年の事件やその周辺にある幾つかの暗号めいた部分に。
その理由はわからない。ただ直感だけがある。むしろなんらかの関係があるせいで軽井澤さんは逃げられないのではないか。本来は避けるべきなのに、執着させられているのではないか、と感じてしまう。
どうなのだろう。
軽井澤さんは本当に何も知らないのだろうかーー。
もし何も知らないのであれば、すぐに止めるべきだが。
(軽井沢さん。収監刑務所が遠く高い壁の向こうにあるのは、人間の正気を保つためですよね。殺人犯を目で見て触れるということは教育上だけでなく、様々な意味で危険なんですよ。素直で何の問題もない美しいものを、乱れさせてしまうんです。純粋な心であればあるほど悪に飲み込まれやすい。混じり合っていくうちに戻れなくなる。だから昔の罪人は、壁の向こうに置いたり、遠い島に流したり、命をおわらせたりしていますよね。
風間も守谷もそういう人間に思えます。
証拠は取れていないけども、でも直感が大切です。こんな人たちの要望に対応したり絡んだりする必要はないんです。今すぐやめましょう。)
レイナはそう心で呟きながら言葉を整理した。
しかしそうやって言葉を集めながら、レイナは自分の胸が苦しくなり、頭痛や吐き気が止まらなくなってきた。
何故なら、その言葉が正しいのなら、レイナ自身が、軽井澤さんや御園生くんと関わることは辞めるべきかもしれないからーー。
「この事件に関わるのを今すぐ、辞めたほうがいい。」
レイナは、軽井澤さんに言おうと思っている言葉を独り言で呟いた。
千葉の内房、東京湾を望む君津の町の手前で、路肩に車を止め、しばらくタバコを吸った。
小一時間ほどそうしていただろうか。
レイナは後部座席のトランクを開けた。
そこには男物の服装と一式が入っている。
レイナは初めて自分に仕事を与えてくれた軽井澤新太という人間のことを思った。初めて他人のためにスクリプトを考えたのは軽井澤事務所の仕事だった。そういう時間を与えてくれたのが軽井澤さんだ。それまではレイナは全て自分のためにスクリプトを書いていた。誰かの調査のような受注業務として、頭を使ったことはなかった。誰か他人のために仕事をすることが、レイナには初めてで、それは明らかに新しくて別次元だった。
もう、軽井澤さんとの仕事をはじめて八年にもなるのか、とレイナは右手を見つめて思った。
会ってはいけない、触れてはいけないと思いながら、レイナは無性に軽井澤さんに会いたいと思った。
レイナはもう一度、その男物のスーツを見つめた。