百一 独白 (軽井澤新太)
地下鉄千代田線は地上に出たあと北千住から常磐線に直通します。そのまま荒川を越え、綾瀬、亀有、金町と過ぎるあたりに、千葉との県境の江戸川の巨大な堤が見えて参ります。
県境の手前の、金町の駅を降り江戸川の方へわたくしは歩きました。
いつもの多摩川ではございません。わたくしがその日向かったのは、多摩川とは逆の東京の東の外れにある河川敷です。そこは、かつてわたくしがボクシングを始めた場所なのです。多摩川と比べたらだいぶ古くからの場所になります。
経営者も途中で変わったのだと思いますが詳しくは存じ上げません。古いジムには会員アプリもありません。ただ暗い顔をして門を叩けば、だれでもビジターでボクシングはできるものです。どんな人間も選ばずに殴り合わせてくれる。拳と拳との間に差別がない。それが拳闘であり、ボクシングというものの持つ不思議な魅力でございます。そういう人間の陰影にこのわたくしが魅了されているのは既に申し上げました通りです。
駅からジムに行くまでには一度河川敷の階段を上がります。葛飾区や江戸川区の一級河川の堤を、ご存知ない方は想像が苦しいかもしれません。二階建ての民家の屋根よりも高いのがこの河川敷の堤防なのです。
土手から見下ろした街は昭和の色彩とでも言いましょうか。押蔵饅頭のように背の低いゼロメートル地帯の街並みは、どこかに年月を重ねた喪失があり、その黒や灰色の印象の強い屋根を一層暗鬱に見せて底に沈んでいました。その川近くの角地に同じ昭和の香りを残したまま、ジムはございました。
今朝の四時、風間が電話を切ったあとからわたくしは、何もすることができませんでした。突然切れた電話の後の沈黙は不気味な闇のようでした。わたくしは布団にくるまると、脂汗が自分の全身をずぶ濡れにするのに耐えるばかりでした。体が痺れて、昼過ぎまで、眠気と、眠ると悪夢が来るような恐怖から、眠ることさえできない呆然の中にありました。御園生くんからの電話も含め誰からの電話も出ませんでした。布団にくるまったままスマートホンで、風間と守谷の名前をなんども検索をしました。検索窓に、池尻病院とも入れました。新宿歌舞伎町の平成企画も入れました。そうして目を画面に奪わせながら、自分が考えて整理をすることさえできないまま、時間だけが過ぎました。
毛布にいくら蹲っても、また再び、紗千の悪夢の場面が押し寄せて参ります。おそらく自分でも制御出来ない脳の命令系統があって、その拒否物を幾度も再現してくるのです。
結果、わたくしは、このジムを目指したのでございます。
つまり、多摩川ではなく、かつてボクシングを始めたジムに来て体を痛めつけることにいたしました。理由は自分で言葉にできておりません。脊髄が突然判断して、わたくしを東京の東の外れに向かわせた、というのが事実だったと思われます。ただ当然何もなくそうはなりません。ええ。もちろん闇に飲まれた理由がそこにはあるはずです。ええ。ここではあえてこういう書き方にさせていただきたいところでございます。
ジムに着き次第、わたくしは準備運動もほどほどに、無心にサンドバッグを叩き始めました。筋肉が攣るくらいまで打ち続けます。汗が滲み始めます。右ストレート、左フック、そういう言葉で追えないくらいに、右左右左を気狂いのように連打する。呼吸もままならぬ間に何十回もサンドバックを揺らし続け、筋肉を弛緩させる。そうし続けることによってやっと、すこしずつ、脳の中の悪魔が溶解して、何か自分らしい言葉が整理され始めるのを感じました。
今朝までの、多くのやりとりがあります。
西馬込の猫の死体、歌舞伎町の執拗な私刑、葉書に逃げ惑い連絡が取れなくなっていく二人の目つきの悪い男。不気味な手書きの葉書が二十八枚。そして、通知不可能の公衆電話からなされた、奇妙な会話のやりとり。それらに引っかかりながら逃げることをせずにいる自分。
自らを落ち着かせ、もう一度、今朝四時の風間のことを頭に描きます。公衆電話の会話の中で、わたくし(軽井澤)のことばに彼が不気味に立ち止まったその場所を思い描きます。例えば、風間は「守谷と同じ年齢」というところで間合いを変えました。奇しくも同じ葉書のことではなく、守谷の身長や見た目を聞いてきました。唐突な四人の仮説についても、風間は少し感情の昂りがありました。やがて彼は何かを理解したかのような声を出しました。勝手ながらわたくしは、ある理解の直前までわたくしの狙う方角へ、会話が進んでいるような印象も受けました。そして突然、会話がこれからというところで再び電話が切れました。
わたくしは整理をしながら無心にサンドバックをたたきました。ひと通り汗が滲むまでサンドバックを叩き終えると、ランニングのために外に出ました。堤をかけ上ると、江戸川の河川敷の美しい眺めが遥かに広がります。まっすぐ川面の輝きを追うように草緑の堤が並んで関東平野の奥へと伸びていきます。わたくしは、ゆっくりと走りながらもう一度、脳裏に言葉で整理しました。
1。風間は、十四枚の葉書が守谷のものと同一であることには反応が薄かった。
2。葉書についてではなく年齢や身長など見た目の質問を逆にこちらにしてきた。
3。守谷の残したメモの、四人という言葉に反応があった。そのことについて、三人だという言葉も言いかけた。
4。電話は再び突然切れた。ただし、一回目と違いお互いに会話を続ける意志があったなかで切れた。切れる時に心なしか鈍い音がした気がする。また、その直前になぜか、軽井澤、御園生という名前をなぜか突然語った。唐突で、今思えば、文脈に合わない。
5。葉書を「見ればわかる」の姿勢は変えていないが、その内容を教えようとする様子があった。電話が切れたのはまさに、その会話に向かった矢先だった。
言葉を並べながらわたくしは、遠く河川敷の伸びゆく埼玉方面に向けて走っていました。この辺りは千葉と埼玉と、東京の端とが重なる中をいくつかの河川が複雑に縦横に行き交います。
風間と守谷の葉書の周辺は、明らかに何かの背景や事情が存在することを思わせます。そして当初から変わらず、強く陰湿で怨念の強い、恐怖感が漂います。少なくとも守谷も風間も、過去の好ましくない出来事から、逃げている印象であり、その逃げる姿を葉書の何かが追いかけている。葉書を書いた人間がそうさせている。そう言う恐怖構造を感じます。そしてその恐怖には、命に関わる怨念や狂気、さらには本当に殺すのだという強い意志が漂うのです。
しかし、これらの整理をしながら、その前に、わたくし自身のことについても整理をしなければならないのです。なぜ、わたくしは、逃げないのか。この突然巻き込まれた不気味な二人の男から逃げないのか。そればかりか、むしろ積極的に彼らと対峙し、自分の中でどうにかしようという意識を持ち、挙げ句こうやって、河川敷で自らに重圧を課すかのように肉体を駆使までして、この状況に対峙しようとしているのか。
問題を解く前に、問題に向かう理由が自分の中で省略されているのでございます。
今ここにきてみて、そういう矛盾が、わたくしにサンドバックを叩かせ、走らせていることがよくわかりました。加えて、その方面の整...