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星空出版 HOSHIZORA PRESS

ミステリー・連載

パラダイム

下代沢侯二
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第 八 章 五 ビデオ会議 (御園生探偵)

五 ビデオ会議 (御園生探偵)

 御園生という自分の名前のせいで、まあまあ一度で覚えられるかもしれない。軽井澤探偵通信社の唯一の所員で、軽井澤社長の右腕を自認している。
 その日、例によって、VideoCallが始まっていた。新しく獲得した顧客の件である。
 通常、我が探偵通信社の業務を始める場合、軽井澤社長が、所員である自分と、必要なフリーランス・メンバーを集めて、一斉業務説明(オリエンテーション)と呼ばれる打ち合わせをおこなう。
 今回は、まずはフリーランスの方は、レイナさんだけにしての会議を設定した。この案件は、僕が提案したGoogle広告で得た新しい顧客だった。
「依頼者は、風間正男、と言います。」
 依頼者にサマをつけ忘れたまま、軽井澤さんは、淡々と話をした。男の家の玄関に、猫の死体が置かれていた。とある葉書を元に、その首謀者を探している。おそらくその猫の死体を置いた首謀者は風間と言う男を殺そうとしている。なぜか警察には行かない。その他、西馬込の狭いアパートや、男の胡麻塩の坊主頭や、汚いけど言葉が溢れたメモ帳や、冴えない身なりについても淡々と話をした。
「殺害予告が来たというのに、警察に行かない、ってことですか?」
 レイナさんが言った。
「変な人ですね。」
 冴えのない軽井澤さんに反して、杉や檜を斧で割るような、心地よい声が電波越しで響く。レイナさんの声はいつ聞いても、声優のように優雅且つ繊細な、響きがある。残念ながら、僕はその声から想像される彼女の美しい顔を見たことは一度もないのだが。
 一時期、美しい大学生風の女性が画面で少し不自然に動いていたが、それは、DeepFakeと呼ばれる画像で作り出された、レイナさんの偽顔だったのを知った。もう仕事を始めて二年ほども経つのにも関わらず、レイナさんの私生活のことはほとんど知らない。事実として彼女は恐ろしいほどに有能なハッカーで、しかしながらハックだけでなく、状況の把握や論理の整理などについてもすこぶる優秀だ。軽井澤社長の説明を、一で十を理解してしまうせいで、しばしば、自分がついていけないこともある。
「警察が、嫌いだってことですよね。」
 レイナさんはまとめるようにそう言った。
「そうですね。風間は、そもそも警察という方角に拒否感があるようです。また、職業についても、隠しています。」
「なるほど。」
「ええと、個人情報は、御園生くんから、お願いしますね。」
「はい。大田区西馬込の++++、携帯電話番号が080ーXXXX-YYYY、本名は、風間正男、です。」
 実際に下の名前まで読むと少し古びた名前だな、と思った。最終的にはこの直感は当たったことになるのだが、もちろんその時点で気づくことはなかった。
 僕が風間の情報を伝えているその最中から、カタカタカタカタとレイナさんの画面で静かなtypingの音がしている。仕事の早い彼女はすでに此方の話を聞きながらリサーチを用意しはじめているのだろう。電話番号さえ入れればある程度の周辺データベースを開示できるように様々な人間のデータをすでに蒐集が済んでいると言われている。
「情報としては、いまのところ、この程度ですかね。」
 レイナさんの声がVideoCallに響いた。
「はい。」
「風間正男への脅迫テキストは、メールやSNSなどではなく、physical(物質的)な手紙です。」
「でしょうね。」
 レイナさんの画面には、今は女子大生風のDeepFakeではなく、彼女の好きなドラゴンの刺青模様(トライバル)が、表示されている。僕はこの刺青ロゴも、Fakeの顔面と同じように、なんとなく愛おしく感じたりもする。このまま、物理的(physical)に永遠に出会わないかもしれないし、もしかしたら彼女は自分の近所に棲んでいて、どこかの街路ですれ違っているかもしれない、というような、おかしな詩的なことを何故か考えてしまったりする。
「整理すると、風間という男は、警察には行きたくない。」
 レイナさんは話をまとめ直した。
「はい。」
「しかし、猫の死体で困っている。自分への殺人予告だと。」
「そうです。」
「その殺人予告はSNSやメールではなく、葉書で、まだその葉書を見せてももらえていないですが、差出人を調べて欲しい、と。当然、差出人は書いていないと謂うことですよね。」
「はい。」
「ずいぶん、雲を掴むような話ですね、ふふふ。」
 レイナさんはそう言って笑った、と思う。
「すいません。」
「いえ。軽井澤さんにはいつもお世話になっていますから。ちなみに、私が調べる優先は、葉書の出し主ですか?それとも風間という男ですか?それとも殺人的なものごとが起きる理由ですか?」
「葉書の出し主ですね。ただ風間という男の周辺も調べたいです。」
「承知いたしました大体わかりましたので、近日中に折り返させていただきますね。」
「ありがとうございます。」
「いえ。こちらこそ。」
 そうレイナさんは言って、テレビ電話の画面から退出していった。その最後の声は、またいつものように悲しいほどに美しく僕に響いた。デジタル音声とは思えない温もりのまま、スピーカーではなく空から心に落ちてくるような気がした。
 いつもどおり、会議は短く終わった。要点がわかれば、もう質問する時間も要らないのである。
 軽井澤さんはなんとなく、曖昧な表情をしていた。僕はなぜか、従来とは違う新収益を祝おうという気持ちにはならず、少しの不安を予感していた。

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