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星空出版 HOSHIZORA PRESS

ミステリー・連載

パラダイム

下代沢侯二
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第 三 章 序 石原里美巡査による事件の概要

序 石原里美巡査による事件の概要

 石原里美巡査による事件の概要
 令和三年九月一五日夜、東京湾の埋立地で、殺人事件が起きた。
 厳密には海面処分場と呼ばれる、まだ行政の登録も、帰属する管轄区も曖昧な埋立て最先尖の人工島において、である。
 私石原は警視庁捜査一課の警察官であり、この事件の第二番目の発見者である。別件の隠密捜査の最中にとある「情報」があり、捜査一課銭谷警部補と私は死体らに対面した。死体ら、というのはこの殺人事件の被害者が一人ではなかったのである。
 合計三名の死亡が確認された。三つの死体は埋立地に孤独に置かれたドラム缶の中に折り重なっていた。いや厳密には折り畳まれた死体はひとつしかない。残りの二つは生首であった。つまり全身の遺体が一つ、首より上の頭部だけのものが二つ、ドラム缶の中に置かれていた。
 我々より先に、この三つの死体を確認した人間、つまりこの事件の第一発見者がいた。私立探偵の軽井澤新太氏だ。氏はドラム缶の縁(ふち)に両手をかけ、自分の乗ってきた古い軽乗用車のドアも開けっぱなしにして、死体のほうなのか地面なのかわからぬ辺りを見て呆然としていた。言葉を失ったもぬけの殻、という表現がとくに正しかったと思われる。氏の他には、おそらくドラム缶を運搬搬入したと思われる軽トラックが一台、ドラム缶の周辺にはセメントか何かの材料になる砂と砂利の袋が何か作業の途中のような形で落ちていただけである。見渡す限り広大な埋め立ての途中で、少し先まで行くと海面である。闇の中、おそらく海水の場所だけが少し水面らしき光沢がある。
 有り体に言えば、この軽井澤という人物が、殺人の容疑者であるはずだった。というのもこの人工島、本当の名前は令和島、は東京湾にまだ登記もされていない巨大な廃棄物質の塊のようなもので、真っ平の地面と海面処分という名の埋め立て途中の海水面があるだけなのだ。都市計画の都合上、島の形だけ外枠は最初に壁ができていてその区画の中に次々と恐らく東京中のゴミ処理物が投げ捨てられていく、そういう、海が地面に変化変質するような場所である。見渡す限り、人間どころか生き物の気配さえない。
 この令和島への入り口はひとつしかない。つまり、たった今、この私石原と銭谷警部補がやってきた中央防波堤方面からの一本の道だけ。これ以外、島に出入りする術はないのである。草木さえない平べったい埋立地に、探偵の車と、我々の車、そして誰のものかは判らぬ軽トラックと、ドラム缶に入った三つの死体があった、という状態である。
 言い方によっては、この令和の埋立地は密室とも言えたから、我々が死体の現場に辿り着いたときに、すでに先着して呆然と立っていた軽井澤という男が容疑者になるのは当然である。そうして銭谷警部補が役割に準じて話しかけ、問いただしたところ、すんなりと、
「それならば、まず自分を逮捕してください」
 と申し立てがあった。このため、早々にこの事件は三人の人間が生首など含め残酷極まる形で亡くなられるという非常に凶悪な殺人事件でありながら、幸いにも容疑者もいち早く逮捕という、短絡的な結末を迎えるものと思われた。
「銭谷警部補、おつかれさまです。まずは、本庁に連絡いたします。」
 わたしがそう言った時だった。銭谷警部補が
「ちょっと待ってくれ。」
 と少し余所行きの声で言った。そのまま、しばらく無言になったまま容疑者の探偵をじっと見つめ続けていた。私が混乱というか、よくわからない予感をしたのは、死体を見た時よりも、むしろその時からなのである。わたしは埋立地の冷たい海風を頬に受けながら髪の先が唇に絡むのを気にもせず、ただ、呆然としていた。
 銭谷警部補はこの事件を、まず、本庁に報告することを拒否した。殺人の現場で、鑑識を呼ばないなど前代未聞である。ばかりか、この人物を手錠に形だけは嵌めながら、いくつかの質疑をおこないはじめた。その質疑は、容疑を固めて、現行犯逮捕を進める目的とは言い難いものだった。つまり、ちょっと世間話のような感じなのである。

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