七 猫の臭い (赤髪女)
指に残る、猫の死体の匂いが気になっている。
赤い髪の女は、キャベツの腐った気持ちで、公園のベンチに座っていた。
GPSの記録によると、風間と名乗る男は、最近ずっと家にいることが多い。だから、夜寝静まった後に「もの」を届けるのにはちょうどよい。家に帰ってきて発見するより、寝て起きて、見つける方がよほど恐怖があるからだ。そういう細かい命令を「指示者」はしてくる。
ヘリウムガスを吸った声の「指示者」の命令に従い、淡々と「仕事」をこなしていく。今回の一連の仕事には少し不満はあるが、金が悪くないから、やむを得ない、と赤髪女は考えている。以前より、金額が増えているのだ。
一番の不満は、猫の死んだ臭いが指先から取れないことくらいだ。
指先にこびりついている。
今回、生まれて初めて猫について、いろいろなことを考えさせられた。思っていたよりも、死んだ猫は重かった。暖かく体温のある生き物が、固く冷たくなると重さだけが残るからだろうか。そして実際に野良猫でもそれを殺すというのは手間がかかった。
赤髪女は腕の注射跡をいくつか撫でた。
中毒的な走馬灯(フラッシュバック)が回るのを感じている
(クスリがほしい)
新しい仕事の最初の報酬は素晴らしかった。猫の臭いが消えないこと以外は大体悪くない。
だが、もう少し稼がねばならない。
(クスリがほしい)
稼げばいい。それだけだ。
ペットボトルを持っていた。
すべてのやり方はインターネットに載っている。
なんでも載っているのだ。
準備はできている。前回と同じやり方だ。
多摩川沿い、土手の近くの公園は風が強かった。赤髪女はベンチにUberの四角いランドセルを置いた。この箱に、死んだ猫を前回と同じようにいれて、チャックを閉めればいい。
朝からずっといくつもの公園を回ったけど、丸一日かかったと思う。猫を見つけたのは陽が暮れて街灯が灯った頃だった。ペットボトルから、餌を投げた。野良猫は最初は、訝しがっていたが、餌の匂いなどが良かったのか、それとも空腹が酷かったのか、ある一瞬から、堰を切ったようにその小さな団子にしゃぶりついた。
女は野良猫が間違いなく、餌を食べ飲み込んだのを見ると、一瞬周りを見回した。そうして、五、六分ほど、何もなかったかのように目を閉じ、眠るふりをした。
目を開いた頃「現場」から少し離れたあたりに、先ほどの野良猫がぐったりと横たわっていた。近づいて確かめた。苦悶の表情をさせ、猛獣の子孫であることを晒した途中のまま、猫は息絶えていた。やれやれ二匹目だな。でもこれで、こちらが、クスリの禁断症状と戦わずに済む。
赤髪女は、後片付けでもするように、ビニールの手袋をして、その猫を四角いuberのランドセルの中に入れた。ビニール手袋は猫が収まり次第投げ捨てた。
思えば、便利なブラックボックスが世の中に登場したものである。核爆弾を背負って目抜き通りを歩いても、誰も偽uberを止めることも出来ないのだから。猫の死体を届けるには、この上ないブラックボックスである。
赤髪女は公園での仕事を終えた。
顔を上げ周囲を見回す。用意していた自転車にまたがり、四角いランドセルを背負い公園を去る。環八を越えれば、西馬込だ。先日のアパートは近い。もう一度GPSを確認した。予想通り、男は近所を歩いて、また家に戻るようにみえる。いつものことだ。せいぜい晩飯のコンビニだろう。
奴の家の近くどこかで休憩して、夜が更けるのを待とう。