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星空出版 HOSHIZORA PRESS

評論・連載

クレバス

下代沢侯二
第六章をXでシェア
第 六 章 第5章 美しく設計された迷路

第5章 美しく設計された迷路
― 現代社会という結晶

ここまでの四章で、一つの構造を描いてきた。

複式簿記と株式会社が「仕組みを知る者」と「知らない者」を分けた。産業革命が「代替可能な労働者」を大量に生み出した。教育が「疑問を持たない人間」を再生産し続けた。メディアと広告が「消費し続ける人間」を完成させた。

この四つは、別々の話に見える。だが違う。一つの機械の、四つの部品だ。

ここで、あなたの一日を最初から最後まで追ってみたい。

朝六時半、スマートフォンのアラームが鳴る。画面を見る。ニュースの通知が並んでいる。政治家の発言、為替の変動、芸能人の結婚。どれも、あなたの人生を一ミリも変えない情報だ。だが見てしまう。そうするように設計されているから。

七時、朝食を食べる。テーブルの上にある食パンの袋には「こだわりの小麦」と書いてある。牛乳のパッケージには「自然の恵み」と書いてある。どちらも大量生産品だ。だがパッケージが、それを忘れさせる。

八時、満員電車に乗る。周りの全員がスマートフォンを見ている。ニュース、SNS、ゲーム、動画。全員が何かを消費している。誰も何も生産していない。この箱の中にいる人間は全員、これからどこかの会社に行って、誰かの利益のために時間を差し出す。だが誰もそうは思っていない。「仕事に行く」と思っている。

九時、会社に着く。パソコンを開く。メールを読む。会議に出る。資料を作る。上司に報告する。その仕事が会社の利益にどう繋がっているか、正確に理解している人間はほとんどいない。自分の労働が生み出した価値のうち、自分の取り分がいくらなのかを計算したことがある人間は、さらにいない。

十二時、昼休み。コンビニで弁当を買う。五百円。その五百円の内訳を知っている人間はいない。原材料費、輸送費、店舗の家賃、アルバイトの人件費、本部へのロイヤリティ、株主への配当。あなたの五百円は、あなたの手を離れた瞬間に分解されて、複数のポケットに流れ込む。最も大きなポケットが誰のものか、あなたは知らない。

午後一時、仕事に戻る。午後の会議は長い。議題は「業務効率化」だ。人件費を削ってコストを下げるという話を、人件費として雇われている人間たちが真剣に議論している。この構図のおかしさに、誰も気づかない。気づかないのではなく、気づく視点を持っていないのだ。教育がそれを教えなかったから。

六時、退社する。スマートフォンを開く。SNSを見る。同僚が旅行の写真を上げている。大学の同級生が昇進を報告している。知らないインフルエンサーが高級レストランの料理を載せている。あなたの中に、薄い不安が走る。自分は大丈夫だろうか。このままでいいのだろうか。

その不安は、すぐに消費で埋められる。

七時、駅ビルに寄る。新しいシャツが目に入る。先月買ったばかりだが、今月の新作は色が違う。買う。帰りにコンビニでビールを買う。新発売のクラフトビール。昨日まで存在を知らなかったものが、今日は「自分へのご褒美」になっている。

九時、自宅のソファに座る。テレビをつける。動画配信を開く。二時間、画面を見る。何を見たか、翌朝にはほとんど覚えていない。だが二時間は確実に消えた。その二時間で、複式簿記の入門書なら三章は読めた。だがそうはしない。そうしないように設計されているから。

十一時、ベッドに入る。明日もまた同じ一日が始まる。

この一日のどこにも、鎖はない。檻もない。誰かに強制されたわけでもない。すべて自分で選んだように見える。朝起きる時間も、乗る電車も、買う弁当も、見る動画も、全部「自由に」選んでいる。

だが、選択肢そのものが設計されていたらどうか。

どの棚を見ても大量生産品が並んでいる。どのチャンネルを回しても広告が流れる。どのSNSを開いても消費を促すコンテンツが出てくる。「自由に選んでいい」と言われて差し出された選択肢が、すべて同じ方向を向いている。右に行っても左に行っても、消費者としてのあなたに到着する。

これが迷路だ。美しく設計された迷路。壁は見えない。天井もない。空は見える。自由に歩いているつもりでいられる。だが出口がない。出口があることすら知らない。

第一部で描いた四つの部品——分離、代替、教育、消費——が、五百年かけてこの迷路を完成させた。精巧で、静かで、暴力を必要としない支配の構造。歴史上、これほど効率的に人間を管理する仕組みは存在しなかった。

だが、この完璧に見えた迷路に、今、巨大な亀裂が入ろうとしている。

それがAIだ。

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